【理学療法士インタビュー】医療と技術開発のかけ橋に、職種の垣根を越えた協働で機器開発に挑戦

理学療法士として病院で働くかたわら、現場の課題をもとにものづくりに挑戦した南波製作所の南波知春さん。機器開発から製造販売などに携わりながら、現在は地元蒲田に貢献できることを考え、過去参加した厚生労働省の『自立支援機器イノベーション人材育成事業』のサポートもしています。

なぜ南波さんは理学療法士として働きながら機器開発に携わろうと思ったのか、その経緯や苦労したこと、今後の展望について伺いました。

PROFILE
ープロフィール紹介ー

南波知春
理学療法士 南波製作所 代表

もっと詳しく

理学療法士歴25年。父の勧めで医療の道へ。専門学校卒業後、地元蒲田の整形外科クリニックに勤務。20年近く勤務した後、荒川区の病院立ち上げに携わり、訪問リハビリの経験も積む。子どものころプログラミングを習った経験から、ものづくりに興味関心があり、2014年に機器開発を発起し、2019年に徒手筋力計Power gaugeを製造販売。

聞き手:しらいしゆみか

この記事の注目ポイント!!

アナログな手法が根強いリハビリ領域で、長年の疑問を持つ

しらいし

南波さん、今日はよろしくお願いします。南波さんは理学療法士として病院で働きながら徒手筋力計Power gauge(パワーゲージ)を開発されたんですよね。まずはどのような機器か教えてください。

南波さん

徒手筋力計Power gaugeは簡単に言えば、手軽に客観的に筋力を測定できる機器です。既存の徒手筋力計よりも軽量化・低価格を実現しました。

しらいし

南波さんはどのようなきっかけで機器開発に携わるようになったのでしょうか。

南波さん

実はリハビリ領域って結構アナログ的で、最先端ではないことも多いんですよ。患者さんの筋力を徒手(素手)で評価したり、動作を目視で絵に描いて分析したりと大変でした。

養成校には、筋力測定装置や動作分析をカメラの三次元で解析するシステムが当時からありましたが、高価で場所も取るので、なかなか現場でこの環境が整っているところは多くありません。他の科はCTやMRIなど高価な機械を用いて検査をしているので、こうしたリハビリ領域のアナログ的なところと、機器を使えない状況に長年疑問を持っていました。
 
少し昔話をしますと、私は子どものころから家電を分解することやものづくりが好きだったんです。理学療法士として使ったことのある徒手筋力計ならなんとなく仕組みも理解しているし、再現できそうだと思い、開発に取り組みました。

開発をスタートした2014年当時、中学時代の同級生が機器開発に詳しくて。彼からアドバイスを得て、Facebook(現Meta)で仲間を募り、5~6人のチームを結成しました。

しらいし

子どものころからものづくりに興味があったと…!
学生のころからリハビリ領域はアナログ的だと感じていたとのことですが、理学療法士となってからもずっと疑問を持たれていたんですね。

南波さん

そうですね。卒業後に多くの病院を見学しましたが、リハビリテーションの手法はアナログ的なものも多く、最新ではありませんでした。理学療法士として働くなかでも、徒手筋力計などの機器は元々高価で普及していなかったので、安ければ需要が増えるのではと考えました。
 
先ほどお話しした中学時代の同級生が、レーザー機器メーカーに勤務していて現場の問題を相談したところ、自分で試作品を作ってみたらどうかとアドバイスを受けました。友人も一緒に取り組んでくれて、徒手筋力計の仕組みを独学で勉強しました。あるときは母校から徒手筋力計を借りたり、メーカーからレンタルしたり調査して…。そうするなかでもっと安く作れるはずだと、だんだんと考えるようになりましたね。

試行錯誤を重ねる、試作品づくりとチームメンバーの人材探し

ロードセル(荷重センサー)の回路試作(南波さんご提供)
しらいし

2014年に発起してから、2019年の量産型に向けたクラウドファンディング開始まで、5年かかったとお聞きしました。どのように機器開発を進めていかれたのですか。

南波さん

最初は、Facebookなどでものづくりをしている人から意見を聞きながら、機器のケースやフレームなど筐体(きょうたい)設計に携わるエンジニアさんや知的財産に関する業務を行う弁理士さん、役所で特許管理の担当者など5~6人のチームを作りました。機器開発が実現できるか、1年間じっくりと検討しましたね。ただ、収益につながるプロジェクトではなかったので、次第にメンバーが抜けていき、最終的にエンジニアさんと友人、私の3人だけになりました。
 
当時、私と友人と2人で試作品を作りましたが、再現が難しくスムーズに動きませんでした。そこでソフトウェアもハードウェアもできる神戸のエンジニアである萩原さん(Personal Products)を友人が見つけ、ともに試作品の開発に取り組みました。

エンジニアさんのなかには、3D設計はできるけれど、回路やセンサー、機器を制御する電子部品などのマイコン設計などはできないこともあって、困っていたんです。それから、実際に動く試作品までなんとか辿り着き、2019年に量産体制に入る目処が立ったのでクラウドファンディングに挑戦しました。

組立ての工程(南波さんご提供)
しらいし

開発過程や生産工程でさまざまな方がいるなかで、南波さんはどのような立ち回りをされていたのですか。

南波さん

私はそれぞれのメンバーを仲介する役割でした。理学療法士として経験してきた知識や技術はもちろん、趣味のようなものではありますが、小さなころから電子工作やプログラミングが好きだったり、ビデオデッキやファミコンを分解、修理したりと電気製品に対する好奇心が旺盛だったものですから。

今振り返ってみると、エンジニアさんとの話を取り持ったり、他のメンバーにはわかりにくい問題点を具現化するプロデューサー的な役割でもありました。実は量産に向けた細かな注文のやりとりはそれぞれしていましたが、神戸のエンジニアさんとは一度も直接会わずに、メールのやりとりのみでここまできましたね。

筐体の検品(南波さんご提供)

開発費用や資金調達、つらく、もどかしい時期を乗り越えていざ販売へ

販促品。ロゴやチラシ、ホームページのデザインはご長男さんが担当(南波さんご提供)
しらいし

私には想像もできないような段階を経て開発に至ったと思いますが、南波さんが思う一番の苦労はなんでしたか。

南波さん

神戸のエンジニアさんが見つかるまでに5年もかかり、そこが最大の苦労だったかもしれません。試作品でイメージは浮かんでいたものの、なかなか思うようにカタチにできずにいました。その時期はつらく、もどかしい気持ちでしたね。

量産に向けた金型製作や基板作成のコストも不安材料で、一度作ると直しが効かないので、エンジニアさんの返事を待つのが怖かったです。しかし、そのような時期でもみんなで秋葉原に足を運んで、部品を買いに行ったのは、今思うと楽しかった思い出です。

また資金面ではいろいろ奔走した結果、最終的になんとか知人からの融資が決まり、クラウドファンディングでも集まった額を合わせると約1000万円ほどになりました。最初は個人で金融機関に融資を申し込みましたが、断られ…。日本政策金融公庫への申請を考えていたところした。

しらいし

すごいですね…。機器開発や量産以降の販売のお話もお聞きしたいのですが、販売は南波さんがお一人でされているイメージですか。

南波さん

そうですね。営業や販売促進は私が主に行っていますが、組立てや発送は家族にも手伝ってもらっています。販売に関しては、ホームページ制作「アメーバオウンド」を中心にECサイト「BASE」も利用しています。 あとは基本的に足を使って、理学療法士としての繋がりを活かして、病院や施設への講演や営業、学会での宣伝も行っています。

改良は費用がかかるので難しい面もありますが、顧客リストを活用してヒアリングを実施し、ユーザーの意見を参考にしています。

しらいし

ネット販売も、実際に足を運んで販促もされているのですね。実際どのような方が購入されているのでしょうか。

南波さん

主な機器購入者は病院や大学の研究室、一部でプロスポーツチームなどがあります。元々は在宅の訪問リハビリで使う目的も考えて開発しましたから、訪問看護や訪問リハビリで気軽に持ち出せて使ってもらえたらいいなと思っています。

Webサービスやアプリケーションの開発と地域経済の循環にアプローチ

しらいし

機器開発に関して、今後どのようなことをしていきたいと考えていますか。

南波さん

ハードウェア製品の改良は費用の面で難しいので、現時点ではあまり具体的には考えていません。それ以外のもので、たとえばWebサービスやアプリケーションの開発にチャレンジしたいと思い、リハビリ向けのサービスをいくつか構想中です。

私は医療と技術開発のかけ橋となり、職種の垣根を越えた協働を促す役割を担っていきたいと考えています。それは、厚生労働省の『自立支援機器イノベーション人材育成事業』を通じて多職種が協力してものづくりに取り組む重要性を実感したからです。

また、Power gaugeの販売に関しては、地元蒲田の就労継続支援B型の事業所に製品の一部作業を委託するなどしていたので、地域経済の循環、仕組みづくりにもアプローチしていきたいです。

しらいし

理学療法士としても長く働かれ、機器開発にも携わってこられたなかで、南波さん自身が大切にしていることはありますか。

南波さん

医療に関するものづくりに取り組むには医療職だけでも、エンジニアだけでも難しいのが実情です。さまざまな職種が集まり、それぞれの現場の問題点を出し合って、解決に向かう必要があります。

最近感じたのは、問題点は見つけられても、市場でどのような解決を必要としているかまで含めて考えられることが重要だと思います。オンリーワンの問題点では、解決できる製品を作っても需要が少なすぎますから。市場における需要の大きさやニーズの質を見極める視点が不可欠です。

ただ、病院に勤務しているだけでは、市場規模などビジネスの知識は身につきません。医療に関する機器開発をするには、機材や特許の知識なども必要になります。

一方で、新たな医学的知識も求められるため、エンジニアとお互いの強みを活かし合い、協力してこそよい製品が生まれると考えています。医療現場の問題点は医療職がよく知っているので、そこを抽出できる人材も必要不可欠だと感じます。

しらいし

なるほど。機器開発と一口に言っても、本当にいろんな段階があり、いろんな人の協力が必要で…その過程を経てできあがった徒手筋力計Power gaugeだったんですね。いろいろと機器開発に関するお話をありがとうございました!


しらいし

ちなみに最後になりますが、南波さんは蒲田在住25年以上とのことで、行きつけのお店とかはありますか…!

南波さん

私の行きつけは「信濃路」さんですね。お店の手前のカウンターでうどんとそばが食べられて、奥に行くとテーブルがある飲み屋さんで、学生の頃からよく行っていました。
うちの嫁はバーボンロードのほうにある「うなぎ家」さんっていう立ち飲み屋さんによく行っています。おすすめですよ!

撮影:aki
編集:しらいしゆみか

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