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【インタビュー】医療・介護の「仕組みをつくる」人。エニケア坂田さんが目指す、持続可能な医療介護のかたち

「あらゆる人に、あらゆるケアを」。社名のエニケア(Any Care to Anybody)には、そんな想いが込められています。「持続可能な医療介護を、世界でつくる。」をミッションに掲げ、医療・介護業界の採用支援やSNS運用を手がけるエニケア代表の坂田さん。ソーシャルビジネスの世界から介護の現場まで、自ら飛び込み続けてきた異色の経歴の持ち主です。「現場が回る仕組みをつくりたい」。そんな想いで奔走する坂田さんに、これまでの道のりと事業に込める思いを伺いました。

PROFILE
ープロフィール紹介ー

坂田 航(さかた わたる)さん
株式会社エニケア代表取締役
上智大学文学部新聞学科卒業。在学中にフィリピンでのボランティア活動やNGO支援を経験。社会起業家プラットフォーム企業に新卒入社し、リユースショップの店長代行などを経験した後、独立。介護現場でのスポットワークを約2年間・100拠点以上経験し、医療・介護業界の構造的課題に向き合う中で、SNS運用支援・採用代行事業を立ち上げる。

聞き手:しらいしゆみか

この記事の注目ポイント!!

野口英世の伝記が原点。「誰かの役に立ちたい」がすべての始まり

しらいし

坂田さんのこれまでのご経歴、なかなかユニークだなと感じました。まずは原点となるお話から聞かせてください。

坂田さん

小学生の頃、本が好きでいろんな伝記を読んでいたんです。徳川家康や織田信長もありましたけど、その中でも野口英世にすごく惹かれました。

野口英世って幼い頃に囲炉裏に落ちて指がくっついてしまい、いじめられたりもしたけれど、医療のおかげで治って、そこから医療の道を志して。最終的にはアフリカで黄熱病の研究中に自ら命を落とすんですよね。自分の夢を突き詰めた結果、命すらもなくなる……そんな生き方がすごくかっこいいなと思って。

「自分の人生の時間を使うなら、誰かの役に立つことをして死にたい」と、子どもながらに思ったんです。そこから医療への興味が芽生えて、親にも「お医者さんになりたい」と話していました。

しらいし

小学生ですでに、そのような視点を持っていたんですね。

坂田さん

ただ、高校に入って数学が苦手すぎて挫折するんですよ(笑)。「理系は無理だ、お医者さんは諦めよう」と。今思えば「そんなことで?」という話なんですけど、当時の自分にとっては大きな壁でした。

ちょうどその頃、電車通学をしていて、駅の売店で『Newsweek』という国際ニュースの雑誌を買って読むようになったんです。500円くらいでお小遣いでもギリギリ買えるんですよね。読んでいくうちに「世界ではこんなことが起きてるんだ」と知的好奇心が刺激されていきました。加えて反抗期だったのもあって、「この国には馴染まないんだ」みたいな、謎の達観した感情も芽生えてきて(笑)。

そこから「世論を動かすならメディアだ」と思い、上智大学の文学部新聞学科に進みました。メディア系の珍しい学科で、新聞やラジオの仕組みを学ぶんですが……正直、「ちょっと違うな」という違和感もあって。自分は情報を伝えるよりも、起きている問題を直接解決しに行きたいタイプなんだなと気づいたんです。

坂田さんのワークスペースに積まれていた本たち

震災ボランティアからフィリピンへ。半年間の滞在で見つけた「ソーシャルビジネス」

しらいし

大学時代にはフィリピンにも行かれたそうですね。どんな経緯だったんですか?

坂田さん

大学に入ったのが2012年で、前年に東日本大震災があったんです。高校生のときは受験もあって動けなかったんですが、大学に入ったら時間ができたので、ボランティアに行きました。そこで偶然、実家の近くの教会の方と出会ったんです。「町田から来ました」「僕も町田です」みたいな話になって。

僕自身はもともと宗教にそこまで関心があったわけではないんですが、「いったん乗ってみよう」という精神が結構あったので、「うちの教会来なよ」という誘いに乗ってみたら、「今度フィリピン行くよ、飛行機代以外は全部タダだよ」と。大学生にとってそれは最強の誘い文句ですよね(笑)。

しらいし

それがフィリピンとの最初の出会いだったんですね。

坂田さん

行ってみたら現地で出会った家族と親密になって、結局半年くらい滞在することになりました。今でも十年以上の付き合いが続いています。滞在中は廃棄物の集積地域で暮らしていた方々のところに入って、生活の手段を自分たちの力で築けるようにするためのボランティア活動をしていました。

実際に現場で動く面白さを感じる一方で、そのNGOが補助金や寄付で運営されていて、常に「お金が足りない」という状態だったんです。活動中も資金の話は何度も出てきて。自分たちでお金を生み出しながら問題を解決するほうがいいんじゃないか、もっと持続的にやれる形があるんじゃないかと考えるようになりました。

しらいし

その中で「ソーシャルビジネス」という考え方に出会ったんですね。

坂田さん

そうなんです。バングラデシュのグラミン銀行を作ったモハメド・ユヌスさんという方がいるんですが、本当に貧しくて銀行からお金を借りられない人に少額を貸して、それで子どもを学校に行かせたり、仕事を始めたりできるようにする仕組みを丸ごとつくった人です。ビジネスの力で社会課題を解決するというその考え方に、すごく惹かれました。

調べていくと日本にもソーシャルビジネスをやっている会社があると分かって。就活ではいろいろ大きい会社も受けたんですが、まじめにやっていなかったので全落ちして(笑)、最終的にご縁があって入ったのが、株式会社ボーダレス・ジャパンでした。振り返ると、自分のやりたいことに一番つながっている会社だったので、あの選択は正解だったなと思います。

接客の現場で気づいた自分の課題と、コミュニケーションの転機

しらいし

ボーダレス・ジャパンでは、ベビー用品のリユースショップで店長代行をされていたんですよね。

坂田さん

そうです。ボーダレス・ジャパンにはいくつかのグループ会社があって、僕は途中で別のグループ会社に異動しているんです。最初の配属先ではとにかく空回りしてしまって。大学を出たばかりで根拠のない自信だけがあったのに、実務経験はゼロ。ECサイトの運用で大きなミスをしてしまったこともありました。自分の力不足を痛感した時期でしたね。

しらいし

そこから異動先のベビー用品の会社では、どんな経験をされたんですか?

坂田さん

異動先でも最初は苦労しました。一番の壁はコミュニケーションです。相手が何を意図してその言葉を発しているのかが、当時の自分にはなかなか掴めなくて。お客さんから商品のことで声をかけていただいても、うまく意図を汲み取れずに対応が噛み合わないことがよくありました。接客の難しさを身をもって知りましたね。

しらいし

今の対人スキルが必須な状況からは想像できませんが、どうやって乗り越えたんですか?

坂田さん

幸い、職場に接客のプロが揃っていたんです。アパレル業界で店舗の立ち上げやエリアマネジメントを経験してきた方や、全国トップクラスの営業成績を持つ方とか。みんな根気強く付き合ってくれました。

中でも、かつて自分と似た課題を抱えていたという先輩がいて、「人は全部パターンだから」と教えてくれたんです。控えめな人には控えめなトーンで、テンションの高い人にはそれに合わせて。相手のタイプをよく見極めて、言外の意図を探る。それを全部自分の中にデータベースとして溜めていったんです。それで劇的に変わりました。

しらいし

苦手を克服するために編み出した方法が、今のお仕事の強みに転換されているんですね。

坂田さん

そうですね。もともと自然にできていたことじゃないからこそ、意識的に身につけた分、再現性があるのかなとは思います。あの環境で鍛えてもらえたことには本当に感謝しています。

介護の資格を取り、100拠点の現場へ。起業家が見た医療・介護のリアル

しらいし

新卒で入った会社を3年で退職されて、起業へ向かうわけですが、その決断はいつ頃から考えていたんですか?

坂田さん

実は入社したときから、3年で辞めるとは決めていたんです。漠然とした目標として、30歳までに「自分はこれをやっている」と言える、名刺代わりになるようなサービスを持ちたいと思っていて。起業家の本を読んでいても、成功している人はみんな早くから動いている。逆算すると、そんなに時間はないなと。

ただ、事業テーマは決まっていませんでした。アイデアを100個以上出して、フィリピンの偽ブランド品を解決するECサイトとか、海外旅行先でベビーシッターに子どもを預けられるサービスとか、いろいろ考えましたが、どれもピンとこない。自分は飽き性なので、「自分の興味だけで走ると定まらない」と気づいたんです。

それで、「絶対的に必要とされるもの、つまりインフラだ」と思って。太陽光や水道を調べたけどお金がなくて、「あ、医療と介護もインフラだ」と気づいた。ちょうど同じ時期に、大学時代にインターン先だったスタートアップの社長が、認知症のもたらす社会課題に関する話をYouTubeで取り上げていて。自分も一人っ子で、将来親の介護はどうするんだろうという不安もありました。

しらいし

一人っ子というお話がありましたが、そこにはご自身の原体験もあるんですか?

坂田さん

実は小学生の頃、母方の祖父がパーキンソン病になって、自宅で介護をしていたんです。一階に介護ベッドとポータブルトイレを置いて、デイサービスやヘルパーさんが来ない時間帯は、一人っ子の母が一人で対応していた。母も相当追い詰められていたんですが、僕は小学生でどうすることもできず、ただ横にいることしかできなかった。あの経験があるから、在宅介護の大変さには腰が引けていた部分があったんです。でも同時に、避けて通れない問題だとも感じていて。

しらいし

その葛藤を抱えながら、どうやって介護の世界に踏み込んでいったんですか?

坂田さん

怖さはありつつも、まずは現場を知るところから始めました。最初はアクティブシニア向けのジムでインストラクターを半年やりました。でも、そこに来る人はもともと運動習慣のある社交的な方ばかり。自分が本当に助けたいのは、運動の機会がなくて介護状態になってしまうような人だと気づいて。

そこからいよいよ介護の世界に踏み込む決意をして、渋谷区の区役所にボランティアを紹介してもらったり、初任者研修を取って介護現場に入ったりしました。約2年間で100拠点以上の現場をスポットワークで回りました。介護保険サービスはほとんど行きました。訪問介護やデイサービス、入居型の施設はもちろん小規模多機能も。ほかにも生活保護のお宅のお掃除、電球の交換、介護タクシーのボランティアも……。

その中で、自分は現場のプレーヤーにはなれないなと感じたんです。向き不向きの問題で。でも、現場が回る仕組みをつくることならできる。めんどくさいところは全部引き受けて、医療・介護のプロが本来の業務に集中できる環境を整えたい。それが今の事業の原点です。

採用代行で現場の課題を解く。エニケアが届ける「もう一つの選択肢」

しらいし

そこで『エニケア』ですね。現在の事業内容について教えてください。

坂田さん

もともとはSNS運用の支援をしていたんですが、お客さんの本当の課題はそこじゃなかった。「まず求職者を一人、面接に連れてきてほしい」という、もっと切羽詰まったニーズだったんです。

そこで2025年10月から採用代行を始めました。コンセプトは「社外にいるけど、社内の人事担当者として採用業務を行う」ことです。

しらいし

一般企業だと人事部があるのは当たり前ですが、医療・介護の現場ではそうじゃないですよね。

坂田さん

まさにそこなんです。病院やクリニック、訪問看護ステーション、薬局などでは、管理者や労務担当の方が採用も兼務していることが多い。でも労務と採用って求められるスキルが全然違う。労務は正確さが大事ですが、採用はマーケティングや営業のセンスが要る。真逆なんですよね。

私たちのチームには看護師や介護福祉士といった医療の専門職もいるので、業界特化のノウハウを持った状態ですぐにサポートに入れます。indeedやジョブメドレーなどの採用媒体を活用して、求人票の更新やスカウトの送信といった工数のかかる部分を全部巻き取る。事業所さんには面接だけやってもらえればいい、という形です。

エニケアの採用代行サービスの全体像(ご本人より提供)
しらいし

費用面ではどうなんですか?

坂田さん

人材紹介だと、看護師さん一人の採用で年収の20〜30%、つまり100万〜150万円ほどかかります。私たちの月額は10万〜20万円程度で、採用媒体の費用を合わせても人材紹介より安く収まるケースがほとんどです。導入初月で採用が決まることもありますし、年間で400万〜最大1,000万円ほど採用コストが浮くこともあります。

しらいし

坂田さんは介護の資格を取って自ら100拠点以上の現場を経験されていますが、医療・介護の事業者さんと話す中で、その経験はどう活きていますか?

坂田さん

すごく活きていると思います。医療・介護の業界って、現場を知っているかどうかで距離感がガラッと変わるんです。「介護の現場で働いていました」とお伝えするだけで、「あ、この人はわかってくれる人だ」と受け止めてもらえる。逆に、現場を知らない外部の人に対しては、どうしても壁ができやすい。自分が現場に立った経験があるからこそ、信頼してもらえる部分はあるなと感じています。

日本の教訓を世界へ。持続可能な医療介護の未来

しらいし

会社のミッションに掲げている「持続可能な医療介護」について、今後の展望を聞かせてください。

坂田さん

社会保障の資源は限られていて、労働人口も減っていく中で、この制度をどう続かせるかが大きな課題です。でも実際には、病院が何千万円する医療機器を相見積もりもせずに買っていたり、何の戦略も立てずに採用に何百万もの紹介料を払っていたり。税金で集めたお金が、もっと効率的に使われるべきだと思っています。

今は採用支援から入っていますが、今後は離職予防や診療報酬の請求漏れ対策など、バックオフィス全般に広げていきたい。現場のプロが現場の仕事に集中できる仕組みをつくれば、スタッフの給与に還元できるかもしれないし、より丁寧なケアも実現できるかもしれない。

それと、個人的にはフィリピンへの恩返しもしたいんです。日本は90点以上の医療システムをどう100点に近づけ、維持するかという段階。でもフィリピンはこれから制度をつくっていくフェーズにある。日本が経験してきたことを活かしたいんです。うまくいったことも反省点もありますから。それをほかの国にも届けていきたいという思いがあります。

しらいし

小学生の頃の「お医者さんになりたい」という夢が、形を変えて今につながっているんですね。

坂田さん

そうですね。実は今でもその夢をちょっと引きずっていて……将来自分でクリニックをつくるのも面白いなと最近思ったりもしています(笑)。

坂田さんが大切にしていること

しらいし

最後に、坂田さんが大切にしていることを教えてください。

坂田さん

「ご縁を大事に」 ですね。こうしてぷらかまさんとおおた福祉フェスで出会えたのもそうですし、フィリピンでの出会い、職場での先輩との出会い、すべてがご縁でつながって今がある。これからもその一つひとつを大切にしていきたいと思っています。

しらいし

ちなみに、坂田さんは蒲田に来られたことはあったんですか?

坂田さん

実は福祉フェスの前に一度あります。会社の人に誘われて「鳥樹」さんに行ったんです。そこで初めて鳥刺しを食べて、衝撃を受けました。お店の方に「5分で食べてください」ってすごい圧で言われて(笑)。あの味が忘れられなくて、また行きたいと思っています。

しらいし

蒲田をよく知っている側からすると、最初にあそこに行けたのはなかなか通ですね(笑)。
おおた福祉フェスから始まったご縁、蒲田・大田区の医療介護にもぜひその力を届けてください。本日は貴重なお話をありがとうございました!

取材・文:しらいしゆみか / 撮影:nao

会社データ
・会社名:株式会社エニケア
・事業内容:採用代行事業、SNS運用代行事業、マーケティング支援事業
・所在地:恵比寿本社)東京都渋谷区恵比寿2-15-5
渋谷オフィス)東京都渋谷区神南1-23-10 東急渋谷駅前ビル3F
・ホームページ:https://any.care/
・お問い合わせ・資料ダウンロード:https://any.care/#contact
【採用戦略の無料相談・無料求人診断を随時受付中】

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